カトリック平針教会ホームページ/TOP

日本二十六聖人殉教者に捧げられた教会

カトリック平針教会

     Hirabari Catholic Church

 

H31 4/30 インセン神父のメッセージ更新しました。(こちらから)

H30 5/29 平成18年度 平針教会年間予定表を掲載しました(こちらから)

H31 4/06 インセン神父のメッセージ更新いたしました。

H30 3/30 ニケア・コンスタンチノープル信条のすすめを掲載しました

H31 5/29 平成18年度 平針教会年間予定表を掲載しました

Dropdown content#1

Dropdown content#2



  プロフィールと歴史

カトリック平針教会の高い鐘楼

「カトリック平針教会」は、日本26聖人殉教者記念教会として 1979年に創設されました。

京都から長崎までの苦難の道のりを歩み殉職された「日本二十六聖人殉教者」に捧げられた教会です。

詳しくはクリック

  初めての教会

十字架のイエス様

主イエス・キリストの教えに興味 がある。 教会に行ったことはないけれども、一度行ってみたい。

知り合いがいなくて行きづらい。 そのような方へのご案内です。

詳しくはクリック

  十字架の道行きの祈り

秋山康恵氏、弟子の足を洗うイエスのレリーフ

聖堂内に秋山康恵氏による、イエス・キリストが 十字架を担って歩んだ 受難の道のりを 描いたレリーフが掲げられてます。ひとつひとつの場面を心に留めて祈り、黙想します。

詳しくはクリック

ニケア・コンスタンチノープル信条のすすめ

カトリック平針教会の高い鐘楼

日本のカトリック教会では、信仰宣言として「使徒信条」のみを使用している教会がほとんどだと思いますが、平針教会ではおもに「ニケア・コンスタンチノープル信条」を唱えています。このニケア・コンスタンチノープル信条の豊かな教えの内容について、平針教会典礼委員の多田哲也が、自分自身の信仰の分かち合いも含めて解説します。 詳細全文はこちらからご覧いただけます。(その6)以下、二、三ヶ月に一度更新予定です。

詳しくはクリック

リニューアル 工事献金のお願い

築35年経った私たちの教会の建物のリニューアル工事を行いました。

錆びた部分」「劣化した部分」「タイルの剥離」「汚れ」「雨漏り防水」など工事でした。

 今後も末永く私たちの「故郷の教会」として存続していけるようにご協力をお願いします。

 目標金額は3年間で、リニューアル費用と同額の1500万円にしたいと思います。

教会リニューアル工事献金のお願い


  • 1家族、お一人様の献金額は特に定めておりません
  • 1口1,000円を基準に「毎月」でも、「まとめて」でも結構です。
  • 専用の封筒か振込用紙を利用して、献金くださいますよう、お願い致します。
  • 郵便振替口座番号  00860-1-105898    加入者名 カトリック平針教会



インセン神父からのメッセージ

 2011年3月11日「あの日あの時」

東日本大震災が起こってから、被害にあわれた皆さんのために何らかの形で支援や励ましをしました。その中の一つに「歌」があります。あの日からしばらくの間、テレビで「夏川りみ」さんの「あすという日が」という歌がよく聞かれました。この歌の歌詞は、とても簡単に聞こえるのですが、内容は深い意味があると思います。

 人生を諦めないで、今を生きることを感謝すべきです。「生きる」ということは素晴らしい恵みです。ですから、何度倒れても、失敗しても、気持ちを切り替えて、立ち上がり、生きて行くことが大切です。「道の草のように、踏まれても、なおのびる、踏まれた後から、芽吹いている」と。

 「シモン・ペトロ」の出来事を考えてみると、ペトロは最後の晩餐のすぐ後にイエス様のことを否定しました。それは本当に残念なことだと思います。今まで家族から離れて、自分と兄弟のアンデレと共に、ずっとイエス様と他の弟子と共に生活しました。「イエス?あの方は私と一切関係ない、あの人のことは全然知らない」とペトロは言いました。しかし、この弱い人間であるペトロ自身は、すぐ後に「気落ちを切り替え、自分の弱さ、自分の足りなさ、自分の人生の暗闇から立ち上がって、やり直そう」という強い努力があったと思います。その「立ち上がる、やり直す力」があったからこそ、復活した主イエスと再会することができるようになったのでしょう。

 私たちの「復活」とは、遠い先に訪れる「永遠の命の復活」を準備する意味と捕えるのではなく、「現在の私の生き方への人格的なチャレンジ」ということを意味します。自分の「人生の暗闇の束縛から解放されるように、自信を持ち、立ち上がって、取り戻し、やり直す」ということです。人生の暗闇の部分とは、自分にとっての欠点、みにくさ、罪深さに対する苦しみ、などです。これらの心の重いふたから解放され、解き放つという内面的な力、これが「復活」だと思います。

 ペトロは「イエス様のこと」を否定して、打ち消しました。しかし、その後に「気持ちを切り替え、自分の弱さ、自分の足りなさ、自分の人生の暗闇から立ち上がって、やり直そう」という強い努力があって、復活したイエス様と再会することができたのでしょう。私たちも、自分にとっての欠点、みにくさ、罪深さに対する苦しみ、などの心の重いふたから解放され、解き放つという気持ちを身につけていくことができるよう、そして、もし今、落ち込んでいる気持ちでいるのなら、ぜひ「夏川りみ」さんの「あすという日が」という歌の歌詞のように「道の草のように、踏まれても、なおのびる、踏まれた後から芽吹いてる」という心で、生きることができますように、お互いに祈り、願い、努力しましょう。

“主の復活 おめでとうございます”

 

平針教会だより256号 より


  • サイトマップ