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日本二十六聖人殉教者に捧げられた教会

カトリック平針教会

     Hirabari Catholic Church

 

  ミサの時間

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日曜日 : 9時30分
平 日 : 7時
金曜日 : 10時
土曜日 : 午後5時から主日ミサ
変更がある場合には、都度「お知らせ」にてご連絡いたします。

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  教会施設

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祈りを捧げる聖堂を始めとした、 教会内の施設をご案内します。カトリック平針教会では、どなたでも安心して来ていただけるように、バリアフリー化などに取り組んでいます。

 

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  教会の案内

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24時間、信徒の皆さんの要望に対応できるように心掛けていますので、緊急なこと(たとえば、臨終・ ご逝去など)がありましたら、教会にご連絡下さい。

教会電話 052-803-4110

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  プロフィールと歴史

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「カトリック平針教会」は、日本26聖人殉教者記念教会として 1979年に創設されました。

京都から長崎までの苦難の道のりを歩み殉職された「日本二十六聖人殉教者」に捧げられた教会です。

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  初めての教会

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主イエス・キリストの教えに興味 がある。 教会に行ったことはないけれども、一度行ってみたい。

知り合いがいなくて行きづらい。 そのような方へのご案内です。

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  十字架の道行きの祈り

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聖堂内に秋山康恵氏による、イエス・キリストが 十字架を担って歩んだ 受難の道のりを 描いたレリーフが掲げられてます。ひとつひとつの場面を心に留めて祈り、黙想します。

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築35年経った私たちの教会の建物のリニューアル工事を行いました。

「錆びた部分」「劣化した部分」「タイルの剥離」「汚れ」「雨漏り防水」など工事でした。

 今後も末永く私たちの「故郷の教会」として存続していけるようにご協力をお願いします。

 目標金額は3年間で、リニューアル費用と同額の1500万円にしたいと思います。

  • 1家族、お一人様の献金額は特に定めておりません
  • 1口1,000円を基準に「毎月」でも、「まとめて」でも結構です。
  • 専用の封筒か振込用紙を利用して、献金くださいますよう、お願い致します。
  • 郵便振替口座番号  00860-1-105898    加入者名 カトリック平針教会
教会リニューアル工事献金のお願い

神父からのメッセージ

いつくしみ

主任司祭 森山勝文

 「福音」と言いながら、何かがあると「教会法」「教会の決まり」「制度」が振りかざされ、 「これが福音の生き方である」と言われる。

 そうなれば「へへー、お代官様」とひたすら、頭を たれ、従順にならなければならない。 そこで、聖書を柄にもなくひもといてみると、イエスの姿は、規則(律法)の振りかざし、 信仰者ぶった人々に対して、「呪われた者よ」と叱責している。キリストは赦しを求める者を許 し、受け入れている。「今後、間違わないようにね。」と語りかけ、一方では、「七の七十倍も 許せ」といわれる。

 このようなイエスの姿は今の教会にあるだろうか、と思う。 2015年十二月八日から、「神のいつくしみの特別聖年」が始まる、「いつくしみ」という言葉がキー ワードになるが、「神がいつくしみのまなざしで人間を見ておられる」のに、「人間はいつくし まれている」ことを無視し、忘れている。このことに気づかせる特別聖年であろう。

 このところ 金曜日のミサ後の勉強会で「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」という大勅書を読んだ。 その中で、「イエスは神のいつくしみの表れ」であること、さらに、「キリストの共同体として 教会もいつくしみの表れ」であること、さらに「信徒自身も神のいつくしみの表れ」であること を気づかせてくれました。それは「人間を励ます」と共に、「人との関わりのあり方」も示していま す。 「生きている意味が分からない」と何となく感じている世相にあって、「人間は今だけではない 存在である」ことに気づかせるのは、教会の役割ではないだろうか。


コラム

人間性が問われる

主任司祭 森山勝文

 またぞろ、原発再稼働が動き始めた。辺野古の埋め立ても始まった。

 この二つは、同じ ような「支配者の動き」に見える。また国民が何を考え、政治が何を選択するかの試金石 に見える。

  原発の再稼働は、先の原発事故の処理は全くできていないにもかかわらず、いいところ 「解決の計画ができた」というレベルで、「解決できたよう」に錯覚させ、稼働を始める 理由にしている。

 一、二年では何ともならない、数十年単位、百年単位で見るべきことを いかにも解決したように弁明する。原発再稼働については、経済効果と温暖化が主張される。正常に動く限りその主張は正しいかもしれない。しかし、事故によって生じた経済の 損失は計算されない。人間は便利さだけを求めるわけにはいかないことに気がつかない。 いや気がついたら、「仕事がなくなる」ので気がつきたくないのだ。「臭いものには蓋」 という陳腐な感覚でいるようだ。

 辺野古の埋め立ても、どうせ先のことと何十年前に決めたことをそのまま実行しようと している。そして「危険な基地の移動のためにはここしかない」と主張する。住民の率直 な反対にもかかわらず、ここは「お国のため」と言ってごり押しする。「国は国民のため にあるのであって、国民は国のためにあるのではない」という当たり前のことが通らない。

 そして、こちらの認識が間違っているのかもしれないと思わせる。

 しかし、信仰上の迫害 を受けた者の血が流れている私には、力ある者が自分の名誉のために支配し、多くの人を 虫けらのように扱った事実を想い出させる。

 便利さを求め、権力者におもねる国民はそれ だけの意味しかないのかもしれない。 「爆買い」が話題になっている。経済効果があると関係者は喜ぶ。しかし、そうだろう か。「それって、何か変」と思いながらも、売れるからいいかと関係者は喜ぶ。わざわざ 海外旅行までして買う品物か?と内心、「何か変」と思っている。

 と思っていたら、日本 でもこの数年「ハロ ーウィン」で馬鹿騒ぎが報道される。「ハローウィンは信心業の一 つ」などと野暮なことは言いたくないが、なぜそれほどまでにはしゃぐのか、分けがわか らない。

 「ちんどん屋さん」のコンクールがあるそうだが、いっそのこと「仮装大会」と 銘打ってはしゃぎ回ればと言いたい。ブラジルにカーニバルがあるように。

 人間がだんだん薄っぺらになってきた。 自己主張だけで、相手の思考を認めない人間は、 近くでは「いじめ」や「虐待」などをおこない、「強行採決」もいとわない。遠くはテロ や暴動を楽しんでいるように見える。このような思考の人間に「真・善・美」などいらな い。ましてや対話も赦しもない。自己主張だけである。彼らには「物質的豊かさ」さえあ ればいいのだろう。真理を求めなければ生きる意味を見いだせない人間が路頭に迷う姿は 哀れ。   (ルカ)

平針教会だより 230号より